はやぶさ2の人工クレーターへのタッチダウン

2010年、世界で初めて小惑星「イトカワ」のサンプルを持ち帰ったことで一躍有名になった小惑星探査機「はやぶさ」

2003年に打ち上げられてから7年という長い年月の間、数々のトラブルに見舞われながらもメンバーの努力によって地球に無事帰ってきたことには日本国民として感動しました。

このプロジェクトには118もの企業や団体が参加したそうですが、はやぶさに使われていた部品が町工場で作られたものが提供されていたそうです。

日本の物作りが世界でトップクラスであることはよく知られていましたが、「はやぶさ」の成功が改めて日本の物作りは世界一ということを裏付けてくれました。

そのはやぶさの成功をもって再度別の小惑星のサンプルを持ち帰ろうと計画されたのが「はやぶさ2」です。
「はやぶさ2の変更点って何なの?」を見てみる

2014年11月30日に種子島宇宙センター大型ロケット射場より打ち上げ予定ですが、世界が注目するところとなりそうです。

もちろん今回も町工場が積極的に参加しているそうで成功を期待したいところです。

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はやぶさ2に参加している町工場

高度な技術を要求される部品を作っているのはいったいどんな町工場が参加しているのか?

私なりに興味があり調べてみました。

株式会社キットセイコー

埼玉県羽生市

1940年設立、資本金1200万円、従業員数25名の零細企業

金属部品の精密切削加工で多品種少量生産を中心に手掛けている町工場です。

はやぶさに搭載されている「イオンエンジン」には数百本もの小さなネジが使われていて、全てキットセイコー が提供したそうです。

ネジと言えば大量生産されている安価な物を想像し、わざわざ町工場に頼まなくても規制品のネジで良いのでは?と考えてしまいますが、イオンエンジンの組み立てに使われるのは重量が軽いチタン製のネジで、これがけっこう作るのが難しいそうです。

そこでネジの製造には高い技術を持つキットセイコーが選ばれたそうです。

40年ほど前からチタンの加工を始めたそうですが、当時としてはあまり知られていない素材で、私が知る限りでは競技用自転車に使われているくらいでした。

今ではゴルフクラブやメガネのフレームなどの軽さが要求される部品として重宝されていますね。きっと難しいとされたチタン素材の加工法も確立されたんでしょう。

チタン加工では40年以上も手掛けているキットセイコーだから、その技術は右に出るものはいないのでしょう。

有限会社高橋工業

愛媛県西条市

1940年設立、資本金1000万円、従業員数20名の零細企業

世界で唯一純ニッケル部品を加工できる技術も持つ会社として知られています。

困難な加工にも挑戦すると言った前向きな考え方が持ち味です

あやぶさの使命であるサンプル採取に大きく貢献したというのが高橋工業で、イトカワのサンプルを採取するための「サンプルキャッチャー」と呼ばれる大きな部品を製造したとのこと。

ラッパのような形状をしていて、アルミ製ながら構造が複雑で高橋工業でしか作れない技術を持ち合わせていたそうです。

 

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無理難題を要求されても「とにかく挑戦」が町工場の持ち味

私も6年ほど前までは樹脂の試作品を製造する小さな町工場を営んでいましたが、親会社からはもちろん、口コミや飛び込みでも新しい仕事の話が舞い込んできて、まだ誰もやったことが無い部品製造の話を持ちかけられたことなんてしょっちゅうでした。

特に業務内容が樹脂の試作品製造ですから大量生産に入る前段階の仕事で、まさに“試しに作ってみる”部品なので作ってみないと判断できない部品ばかりです。

それゆえに「ここはこう直せないか?」「ここは今までにないものを作りたい」など、それまでの技術では作ったことが無い部品ばかりなんです。

しかし、「無理です、できません」とは絶対に言いません。
なぜなら、どこにチャンスがあるか判らないからです。

自分のところでできなかったことがよそでできたら悔しいですよね。
いつまでも親会社に頼っていては会社の将来が無いのです。

そんなことからどんな仕事でもとりあえずは受けて挑戦してみます。

日本にはたくさんの町工場がありますが、経営が続いている町工場というのは常に挑戦していく姿勢であることは間違いないと思います。

それが日本の物づくりをここまで押し上げて日本経済を支えているんです。

日本の物づくりが世界を驚かせた

以前テレビを見ていたら面白い話を聞いたのでご紹介します。

まだ第一次世界大戦の最中での話らしいですが、ある国で日本兵士が捕虜としてとらえられていたときのこと、家を建てる仕事を任され木造の建物を建てたそうです。

そこは職人気質の日本人ということで、建てるからにはプライドがあったのでしょう。手を抜くことなく建物を完成させたそうです。

そして大地震に襲われた時に、そのあたりの建物が全て壊滅したにもかかわらず、日本兵士が建てた家だけが無傷の状態でそのまま建っていたそうです。

それからというもの日本の建築技術や職人気質が高く評価されて現在に至っているとのこと。

 

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地球から小惑星まで3億キロ

初代はやぶさがサンプルを採取した小惑星の「イトカワ」までは距離にして3億キロもあります。往復ですから6億キロになります。

6億キロという途方もない距離を7年もの歳月を費やして地球に帰還した快挙の裏には町工場職人たちのたゆまない努力があってからこそ成し遂げられたものです。

本当に町工場の職人さんには頭が下がりますね。今後もさらに腕を磨いてもっとすごい技術を身につけてもっと凄いことを成し遂げてほしいものです。

はやぶさ2は往復50億キロ

この経験を生かして「はやぶさ2」が再度サンプル採取に向けて旅立とうとしています。今度の計画は往復50億キロです。

50億キロというと、太陽から地球までが1億5千万キロですから太陽までを約33往復する計算になり、とんでもない長旅であることが判ります。

この距離を6年かけて大きさが900m程度の小惑星「1999 JU3」のサンプル採取を目指します。

「はやぶさ2が向かう小惑星の名前を一般公募」を見てみる

初代はやぶさでは燃料漏れやエンジントラブル、交信が途絶えるなど、予定では4年で帰還するはずが7年もかかってしまったそうです。

こうして多くの危機を乗り越えてきただけに「はやぶさ2」では様々な改良を重ねて万全を期す構えだとしています。

はやぶさ2の任務は太陽系誕生の解明

ところで今回のはやぶさ2の任務はサンプル採取ですが、そもそもサンプルを採取して何を調べようとしているのでしょうか?

それは主に太陽系がどうやって誕生したかがサンプルを調べることで判るのではないか?ということです。

地球は誕生した時なはドロドロの状態で長い年数をかけて冷えて今の状態になったとされています。

しかし小惑星には太陽系が誕生した時のままの状態で残されているとされています。

そして今回はやぶさ2が向かう小惑星は、C型小惑星「1999 JU3」と呼ばれ有機物や含水鉱物が多く含まれていることが様々な観測によって判っているとされています。

この「C型小惑星」という小惑星のタイプですが、前回の「イトカワ」と比べてより原始的な太陽系を探ることに適しているのがC型小惑星とされています。

このC型小惑星からサンプルを採取して分析することで地球に海ができた経緯とか有機物がどのようにして生命誕生に関わったのかが判るのではと期待されています。

忘れていけないのが未知の惑星探査方法の確立

はやぶさの任務がサンプル採取といわれていますが、そのほかにも重要な役割があります。それが未知の惑星探査方法の確立です。

前回のはやぶさ、そして今回の小惑星探査はやぶさ2と小惑星探査をこなすことで様々なデータが手に入り技術の進歩も期待できます。

こうして日本の宇宙開発が発展していき世界をリードすることになるでしょう。

そこから派生する技術も様々ことに利用できることもあるでしょうし、日本経済にプラスに働くことは間違いありません。

はやぶさ2のサンプル採取成功とその技術が将来の惑星探査に活かされることを期待しています。